千葉大学教育学部 藤川大祐教授


エネルギー・環境問題は未来を生きるための切実なテーマの一つ。子どもたちが、この問題を「自分ごと」として認識し、考える力を伸ばすには、教員側がエネルギー環境教育に関心を持ち、その輪を次世代につなげることがカギとなる。千葉大学教育学部の藤川大祐教授は教員養成課程の選択授業として高レベル放射性廃棄物の処分問題を扱う「ディベート教育論」を続けてきた。現代的な課題に向き合い議論する力の重要性を教員志望の若者に伝え続けている。

多様なスキルを伸ばす教室ディベート

あるテーマについて二つの立場に分かれて第三者を説得する形で討論をする「ディベート」は課題解決能力やコミュニケーションスキルを高める方法の一つ。企業だけでなく、今や中学や高校でも注目されている。

その教育的効果をいち早く見出し、学校への導入を進めてきたのが千葉大学教育学部の藤川教授だ。理事長を務める(特非)全国教室ディベート連盟は1996年の結成以来、毎年「全国中学・高校ディベート選手権(ディベート甲子園)」を開催し、ディベートの普及を図ってきた。

教室でのディベートは順番や制限時間などのルールに則って話し、どちらに説得力があるかを第三者である審判がジャッジする。「話し合いについて学ぶためのゲーム」といえる。

ルールのないフリーな場での話し合いは論点がずれたり、発言者が偏ったりして建設的なものになりにくい。その点、ルールが確立されたディベートは一つの論点に集中でき、理想的な話し合いができる。「客観的・批判的・多角的な視点」「論理的な思考力」「第三者に伝わる説明力」「情報収集・整理・処理能力」などを楽しみながら高められるのも魅力だ。

先生の卵がディベートを経験

藤川教授は千葉大学教育学部で2001年度から1~4年生を履修対象とした「ディベート教育論」を開講している。ディベートの理論と実践を通して学生自身の論理的思考を高めるのが狙いだ。

2012年から、「高レベル放射性廃棄物の処分問題」をテーマに設定。東日本大震災後、学生たちの「エネルギー問題について学びたい」という声を受けて選んだのがきっかけだ。

「高レベル放射性廃棄物の処分問題は現代的な諸課題の一つ。難しいからこそ学生自身がゼロから学ぶことに意義があると感じた」と、藤川教授は振り返る。

肯定・否定の両方の立場で考察して理解を深める

充実したディベートを行うポイントは「論題」の設定にある。肯定・否定の立場に分かれたときに対等な討論が成立するよう、肯定側が新しい政策を出しやすい論題にするのが原則だ。そこで「日本は高レベル放射性廃棄物の地層処分の方針を撤回し、地上での管理を義務付けるべきである。是か非か」とした。

この場合、肯定側の主張は「地層処分をやめて恒久的に地上で管理する」となり、否定側の主張は「方針のまま、地層処分計画を推進する」となる。

学生はこうしたディベートのノウハウを授業の前半で学び、進め方や準備の方法、話し方などのルールを理解する。さらに専門家や原子力発電環境整備機構(NUMO)職員による講義を通して、論題である高レベル放射性廃棄物の地層処分について理解を深めていく。

ほとんどの学生はこの授業で初めて高レベル放射性廃棄物の処分問題に出会う。肯定・否定の両方の立場から考察することで論題を深く理解できるようになったと実感する学生は多い。

開講中は希望者を対象に東海第二発電所にある使用済燃料の貯蔵施設などの視察もおこなう。高レベル放射性廃棄物の存在を自分の目で確かめることで、テーマが一層身近になる。

こうした準備を経て、いよいよディベートの試合が行われる。相手チームからの批判に耐える論理的で説得力のある主張をどこまで組み立てられるかが勝負の分かれ目だ。どのチームも課外で入念に準備を進めるため、試合は白熱したものになる。

「ディベートを学ぶと、学生は他者の意見を踏まえながら自分の意見が伝わりやすく話せるようになる。それは課題を自分ごとにできたということ。この経験を、教職に就いても子どもたちと現代的な課題を共に探究する指導力に結び付けてほしい」(藤川教授)。

未来のエネルギー政策を決めるのは今の子どもたちだと考えると、学校でエネルギーの課題を学ぶことは「主権者教育に相当する」と藤川教授は指摘する。「仮の立場」で議論を重ねる練習ができるディベートは、喫緊に迫った高レベル放射性廃棄物の処分問題に関する合意形成や社会参画に向かう力を育てるためにも、有効な学習活動と言えそうだ。

研修会で教材を持ち寄る

入念な準備のもと白熱したディベート